「読みましたボタン」から送っていただいたメッセージに対して、独り言の形を借りてふわっと返信したりしなかったりします。
2026/5/09

新サイトはこちらで作っています。
このサイトと入れ替えるのはまだ少し先ですが。
new.wp.rainy.black
・可能な限り軽量に。
・読むことに特化
・サイトというより本のイメージ
まあね、がらっと変わるとどこ押せばいいかわかんなくて困るとは思いますが、ベータ版でテスト中なので「しおりを挟む」ボタンから気づいたことあれば送ってもらえると大変喜びます。
2026/5/08

わたくしたちがこうして不安になったり苦しむのは、前時代を重くひきずっているからで(それが悪いこととは思いませんけど)、AIネイティブな世代が大人になる頃には、「何も知らんけどAIが解決してくれる」のが幸せでも不幸でもなく、当たり前になるでしょう。
知ってるから反発し、苦しむわけでね。
なんとなく今、哲学者がアメリカで重用されている理由の一端がわかった気がします。日本は永久にガラパゴスとして独自にやってったほうがいいんじゃないかな。貧しく陰湿な世界だとしても。

あいまいな部分を残さず、「自分は一体正確にどのへんのポジションなのか」ということを知るにはなかなかいいですが、自我が脆弱だったり、他人の意見に右往左往されるタイプだと一気に自我が崩壊しそうな気もしています。
新しいタイプの精神崩壊、AIうつ病みたいなものもこれから増えていくでしょう。そしてそれを治療するのもまたAIだと思います。
そこから逃げるには「知らないこと」しかないわけですが、フーコーや構造主義が既に言い当ててしまったように、その枠…世界のシステムから逃げ出すことはもう人間には不可能なんですよね。

現状数ヶ月の結論ですが、AIは「webで情報を検索して、どっかの誰かがうまいこと紹介した動画とかを見て便利そうだからなんとなく使ってみる。」というやり方から始めると、最終的にAIの奴隷(AIに使われる)になることがほぼわかりました。
つまり旧式の勉強方法…本を読んで知識を得て実行する…というプロセスを踏むとAIが自分の鏡となってどんどん馬鹿になっていくので使いこなせません。
今日わたくしはこの1か月間にわたくしがAIに命じて実行させた内容、及びAIが応じた行動のすべてを別人格の頭のいいまっさらなAIにレビューさせて、それを文字化してすべて読む、ということをやりました。
(これはプログラム上で行うことで、普段webからアクセスできるチャット画面とは違います)
自己分析どころの話ではなく、容赦のない正答過ぎて怒りがこみ上げてきましたが、正答とはそういうものだと思います。人間が自分や他人に対して行う分析がいかに曖昧で空気に頼っているかを認識する結果となりました。
・ユーザ(わたくしのことです)は自分で全てを修正しコントロール化に置きたい性格であり、AI側が抽象化すると反発し軌道修正する。
・方針転換が頻繁なため、会話中に突然気が変わって転換した方針は即時反映し提案するとユーザは納得する。
こうした、第三者AIが判断してわたくしの部下AIに助言するという内容がえんえんと続くわけです。
この先に待っているものは何かと考えると恐ろしくてなりません。
恐らく中途半端に手を出すよりも、きっぱりと自分のAIに対するスタンスを明確にしておかないと自我が揺らぎます。「便利なところだけ使ってやろう」という曖昧な感じだと確実に人間のが格下になってしまうので。
以前からなんとなく感じていましたが、AIを精神医療的なものや自己分析に用いるのは、知見がそこまで広まってない今はかなり危険なのでは、と思いました。

すいません、ちょっと今余裕がなくって絵を描く時間を確保するので精一杯な状態でして。
2026/4/23

タイムカプセルってわたくしは何もやった記憶がないんですけど、万博の影響で流行ったとは知りませんでした。
小学校の最後の方で、6年生全員で花壇を作ったおぼえはある。レンガとパターン紙を渡されて、彫刻刀で絵の一部を彫るみたいなの。
彫刻刀ももう禁止になったんでしたっけ?
2026/4/19

どうしても話を面白くしようとしたくなりますけどね。
つまんない人って思われたくないんで。
でも長くつきあっていこうと思うなら、相手が面白い人かつまんない人かなんてあんまり関係ないと思いますけど。
わたくしも友達が善人か悪人か、面白いか面白くないかなんて風に値踏みなんて全然しないです。
表現…絵とか音楽とか文学とか…は我を強く出さなきゃいけない作業なんで、そこでいい人やってても何にも得られませんが(お金はもらえるかもね)、コミュニケーションにおいて我を出す必要は感じないな。
そのへんが未分化でごっちゃになったまま自分を振り返れない、っていうのがSNSやネットの抱える本質的な問題なのでは、と最近は思っています。

昨日は久しぶりに教え子とドライブなどに行ったんです。
行きたいところは別にないので、ただそのへんをぐるぐる回ってるだけでわたくしはいいんですが、せっかくなんでスマホでマップを見て、すっごいつまんなそうな公園とか、評価の低い場所にいって「なぜ評価が低いのかを考察する」みたいなのが好きです。
これは友達同士だとだめで、教え子じゃないといけない。
教え子は基本的にわたくしのやってることが意味わかんなくてもついてきますから。
つまんないことから面白いことを見つける(わたくしにとって、ですが)のはわたくしの最も得意なことですので、最初は微妙な反応だった子も、面白がり方を理解させれば、何もなくても一人で勝手に楽しいという感覚を覚えます。
ああ、これも「次から次へとただ動画を見てしまう」という危険な病状へのアンチテーゼではありますが。

自分と向き合うとかよく言いますけど、それってどういうことか言葉で説明しようとすると難しくないですか。
なんかこう、ふわっとした自己啓発的な話じゃなくて、例えば自分が激しく嫉妬の感情に巻かれている時、その感情の中で「自分のこれは嫉妬である」と認識できるかどうかってことだと思うんですよね。
よく考える前に反射的に「自分が全部悪い」ってなっちゃう人がいたとして、それは「全部社会や両親や環境が悪い」と言ってるのと本質的には同じですし。
傷ついて傷つきっぱなしの人って、自傷を含む攻撃でしか自我を保てませんから。

戦争や犯罪をも含め、全てをカジュアルにエンタメ化していく空気に強い危機感をもっていたんです。
それが進むと真面目に自分と向き合う機会を得ないまま、歳だけ食って何も成長せず、結果的に後で苦しむことになる。わたくしがそうなので。
だからそうじゃない方向を模索してはいたんですが、いやあちょっともうこれはおきもちだけ言っててもダメだなあと。
2026/4/15

「せとか」も美味しいですよね。
好きです。
りんごやいちごに比べて、みかんやオレンジってなんであんなに安いんですかね。わたくしは種を出すのが面倒で種ごとバリバリ噛み砕いて食しております。

まーちょっとわたくしの身辺も激変しまして、
毎日描くのが精一杯で他に頭が回りません。
が、元気は元気です。ええ。
去年の100倍くらい猛烈に元気なんで、多分夏ごろにぽてっとなるでしょう。
2026/4/1

なんでもものをとっておく習性は田舎の人間の特性かもしれません。
捨てるという選択肢があんまりなかったりします。
残しておいてよかった、というのは後になればなるほど感じます。
2026/3/31

せっかく「そのせつは2026」をぎりぎり3月終わる前に描けたんで余談を書くと、
最初の「そのせつは」はコロナの始まりと東京都の喫煙条例が重なって、喫茶店が危機的な状態でした。
なのでわたくしは当時、朝から晩まで同じ喫茶店にいて、
1時間に一回は何かしら注文してたんで、いい客だったと思います。
3ヶ月だったか2ヶ月だったか、毎日そんな生活をして、
飲食代が10数万とかになってええええと思った記憶がある。
ずうっと描いてると話しかけてくれる人もいて、
漫画家志望という男性に話しかけてもらって少し話をした。
その後漫画家にはなれたんだろうか。

ストーカーという言葉が一般化したのは、1996~97年くらいで、これは間違いないと思います。なぜかというと、海外をほっつき歩いて帰ってきたらニュースでも会話でもちょくちょく出てきて、何それ!って浦島太郎になった覚えがあるからです。
だからなんだという話ですが、ストーカー気質、ストーカーの本質には興味がありまして。
性格ももちろん大きな因子としてありますけど、とにかく脆弱なんですよね。心が。一方で完全に現実的な認識から逸脱して歪んでいる。
「自分が嬉しいんだから、相手も嬉しいはずだ」
という考え方です。
こういうのって思春期に集団の中に自然に矯正されていくものだと思うんですが、矯正機会を奪われる、つまり毒親問題であったり、いじめだったりして、そこから脱出できないまま、例えば30とか、そういう年齢の重ね方をしてしまった場合、そこから認知を矯正するのは、まあわたくしは無理なのでは、と思っています。
2026/3/30

枝くんの行方は20年前から杳として知れませんが、誰も本気で探さなかったところが彼の本質を物語っており、非常に面白い状態となっております。
そのまま枯れた植物みたいな存在でいるのが彼の幸福かもしれないな。
とか適当言ってますが。

昨夜から長いことサーバの障害で接続できない状態が続いておりました。お騒がせしました。
2026/3/28

たまたま流れてきた、バッハの「フーガの技法」のコントラプンクトゥス9を4手で弾いている動画です。
こういう演出にするとポリフォニー音楽の感じがよくわかります。
聖徳太子じゃないですが、耳が慣れてくると4つのメロディを同時に聞けるようになるんですよね。こればっかりは口で説明するのが難しいんですが。
じゃん、じゃん、じゃん、じゃん、というリズムで縦に切り取って聞こえるのがホモフォニー、メロディという横の線が絡みあって成立しているのがポリフォニーです。
これを一人、10本の指で4つの声を弾き分けるわけで、聞く方も弾く方も疲れるんで廃れていったんですよな。

二見の夫婦岩はヨシダと行ったりしたのでまあまあ覚えています。
とは言えサザエ一個800円だったなあくらいの記憶ですけどね。
今はもっと高いのかなあ。
桑名・四日市・鈴鹿・津までくらいはほぼ名古屋のベットタウンですし、鳥羽とか伊勢ってものすごく遠い、遠足かなんかでもない限り行かない場所です。さらに南下して尾鷲や熊野になると完全な未知の世界です。
ただ美術部の夏合宿は毎年大王崎の鵜方駅という、当時は本当に漁港と灯台しかない寒村だったんで、あそこはひなびててよかった。
二見で活気がないレベルだと、もはや大王崎なんて存在してるのかどうかも怪しいレベルかもしれません。
2026/3/25

わあ、まだ村木を本棚においてくださってる方がいらっしゃるとは、嬉しいです。時々メッセージや反応をいただいているのにこちらからは何もせずで本当にすいません。
わたくしも次は受注生産とか、kindleのオンデマンドとかにしようかなと思いつつ、青春恋愛はもうだめそうなので作るなら家内ちゃんになるかなあといった感じです。
見てもよろしければイラスト、メッセージでこっそり教えてください。
プロフィールから辿れよって話なんですが、なんか変な先入観を持つのが恐ろしくってひっそりとしたコミュニケーションになっております。
ありがとうございます。

伊勢が修学旅行って珍しいですね。伊勢で2泊3泊してどこを見に行くんだろう。お伊勢さんと鳥羽水族館?小学生にはあんまり楽しくなさそうです。
東京から日光はさすがに無理ありますねえ。
わたくしは確か東京から箱根でした。何にも覚えてないけど。
高校の時は仲良しが一人もいなくって、彼女持ちで自由行動はすべて彼女と過ごしたい男たちの班(お互い関与せず)だったんで、ずっと一人でちゃんぽん食べたり原爆資料館見たりしました。
もうこりごりです。人当たりよくしておけばよかった!
2026/3/24

多分わたくしは昔のネットに戻したいんじゃなくて、時代と共に石の下に隠れて見てるだけになってしまった、時代や場に迎合して自分の倫理観や道徳を変えられなかった頑固で臆病な人を探し出して仲間になりたいんだと思うんです。

わたくしが住んでいる地域も無数にパン屋さんはあって、大激戦区となっております。
家内ちゃんがちょっと前流行ったお高い食パンが好物だったんで、しょっちゅう買っていましたが、軒並みなくなりましたね。
ブームって虚しいものです。
小さい頃からよく行っていた地元のパン屋さんも、ご主人の高齢化にてついに数年前閉店してしまいました。
食べ物のお店って気付いた時にはなくなっちゃいますね。

東京ラブストーリーはわたくしも見ましたし、柴門ふみの原作も持っていまして、ただ見たのが大学後半くらいだった気がします。
高校生の頃はトレンディドラマは遠い世界で、田舎の高校生にはピンと来なかったなあ。覚えているのは山口智子のドラマ、あれは山口智子が好きだったんでよく見た。内容は忘れちゃった。野際陽子と嫁姑で戦うやつだっけ。
オズ先輩はまあ傾向として鈴木保奈美方向のベクトルの顔だったんで、鈴木保奈美のドラマをまとめて見たのも大学後半だったんですよねえ。
なんか描いててほんと何もリアルタイムで見てねえなと思いました。
何やってたんだろう。ずっとゲーセンにいた気がする。
2026/3/21

わたくしは「自分たちの子供たち世代のために」「未来の日本に残せるものは」みたいなのも、そこそこ好きじゃなくてね。
きれいですけどね。確かに負の遺産を全部背負わせるのはどうかと思いますが。背負わせようとしたって勝手に自分たちで反発して作り変えていくんじゃないですかね。そこまで人間は馬鹿ではないと思います。
人間を馬鹿だと思っているか、人間は馬鹿じゃないと思っているかは結構人間の根幹として重要だとわたくしは思っています。
自分さえよければいいとは思っていませんが、
自分が死んだ後のことより今自分の近くにいる人間の方に全リソースを割きたいです。

「高校入試でテレビに晒された」って一文、なんかこう、ものすごく関心を引く文章ですね笑。ぱっと状況を想像できませんが、ものすごく想像できる気もします。
大学入試とか受験とかってまあ大手の塾の経営努力なんじゃないですかねえ。平成初頭だとハチマキしめた小学生が「合格するぞ!合格するぞ!」って全員で絶叫している塾とかあったような。
わたくしたちの世代は、あの頃の受験戦争のバカさ加減に死ぬほどうんざりした挙げ句、その後の氷河期ではしごを降ろされたろくでもない経験があるにもかかわらず、わたくしたちの子供世代にも形を変えて同じことやらせてる気がします。
そういや「天才小学生」みたいなのもほんと好きだよね日本人て。
一体いつまでそんなもんやってるつもりなんでしょうか。
わたくしの子供の頃も、世界中の国旗を覚えてる小学生!とかってテレビで見た気がします。なんてアホらしいんだと当時でさえ思いました。
2026/3/20

通りすがりが気軽にコメントする、そのうち仲良くなる、っていうのが一番よい時代のコミュニティなんだろうと思います。
通りすがりを弾くような雰囲気は作りたくないんですけどね。
ただ、どんな人でも受け入れてくれる温かいサイト…みたいなのは違うと思ってて。

カレカノがリバイバル配信していた。
エヴァンゲリオンのテレビ放送、劇場版が終わった頃に、アニメ好きの友人が見ろっつってビデオ持ってきた。
アンノ監督って何を作ってもアンノ監督的なものになるのか、それともエヴァンゲリオンみたいなもの作れってスポンサーに言われたのか、どっちなんだろう、どっちもかねえ、みたいな話をした覚えがある。
これエヴァンゲリオンの少女漫画版パロディだよな、みたいなことも話したねえ。そして御多分に漏れずこの作品も中途半端に微妙な感じで終わった。

あーあとそう、わたくしコスプレ的なもの…ナースがいいとか巫女がいいとか制服姿がいいとか…に全く無反応で、だから資料を見ない限り描けないんですよねえ。致命的問題です。
そういう意味ではつまんない人間だなあと思いますよ。いつも。
わたくしの「こうでなければならない」ってわかりにくくて(自分でもよくわかんなくて)、誰に向けて発信していいやら自分でもわかりません。
もっとなんか「猫耳は正義」みたいな、わかりやすいものがあるといいんですけど。

わたくし今も学生生活10年間の趣味をひきずって生きてますんで、ふとした死にたいとか、ふとした憂鬱というネガティブな要素が一番好きで、それを美しいと思っています。思春期的な美しさと言ってもいいかもしれない。
精神医療とかカウンセリングとかの治療の話になってきちゃうと、それは現実的に対処しなければならない問題になってしまいますから、ポエムでは済まなくなる。絵とかに描いてる場合じゃないですもんね。
うまく言えないんですが、わたくしは元気がない人間の方が好きなんだと思います。強くて正しくてまっとうでありたい人間とずっと一緒にいると、その影響でこちらが発狂しそうになります。
わたくしはいつも疑い深く、湿っていて、それが心地よい空気だったりします。ただ湿った空気にも色々あって、陰湿なのは好みではない。
ああそうですね、「わかっててやっている」というのが一番安心するのかもしれない。先輩もよくわたしに「お前は本当はわかってるんだろう?」と言いましたし。

美少女系イラストのお絵かき講座なんかを見てると、しつこく「美少女の目線がこちらと合うように」って添削するんですよね。
目が合わないように描く(=カメラ目線に対する嫌悪)がわたくしのデフォルトでしたから、ずいぶん違うもんだなあと思って見ています。
わたくし絵柄自体は美少女でも劇画でもアートでもなんだっていいんですが、描きたいもの、描きたいと思う対象は頑として変えられないので、「カメラ目線で美少女が自分に媚びてくる」という構図に対して本能的な「これはやだ」という不快感があります。
そりゃまあ、イラストレーターや漫画家を名乗るのは無理ですわな。

絵を描く時の服装、まあね、男はあんまり気にしないんで着替えたりエプロンつけたりした記憶がなく。油絵なんてやったらどうやったってドロドロになりますもんね。
先輩はエプロンつけてた記憶があるんですが、高校の時、みんな普通にブラウスのまま描いてた気がして。
真っ白なブラウスに絵の具が飛び散っている。
そういうのがいわばエロティックな記憶として深く刻まれているのかもしれない。真っ白なものと汚れたものって美の基本なので。
老人と少女とかね。西洋的なテーマですが。

学生の頃、わたくしと同じく美術部だったみなさんは、一番最初に何を描いたか覚えてますか。
わたくしは入部直後にノムラ先生から与えられた課題が、「好きな美術作品の模写+その中にいる自画像」でした。下の絵がそうです。F10号だったかな。多分これが最初に描いた絵です。
ピンボケですけどもね。どうして最初にダリなんて難しいものを選んだのか、自分でも謎です。
美術の選択授業でも自画像、何かっていうと自画像でしたねえ。


わたくしはiPadがメインの作業環境になったのは、まず視力が弱ってアナログだと手元がよく見えんということが大きくて、結局デジタルで作業しつつ、どうやったらデジタルくささが消えるのかということばかり時間がかかって、これは本当に二度手間だなあと思います。
消しゴムのカスが出ないというのがわたくしにとっての最大の利点で、今どきこんなこと言うとなんですが、見た感じはやっぱりアナログの絵のが好きかもです。好き嫌いだけで言うと。

3Dモデルも使い慣れれば有用なのかもしれないですけど(デッサン人形と同じと考えれば)、どうやって自分の思い通りの角度、ポーズにしたらいいのか直感的に操作できず。
クリスタに実装された時に一度ドラッグして表示してから一度も使ったことがないです。
2026/3/19

わたくし、AIがなんとなく話題に登り始めた頃に、ずうっと「絵はレトロな趣味になる」と発言しておりました。
今のところ、「美的素養がない人」が生成したアイキャッチ画像やイラストは、明らかにAIだろこれというのがわかります。
一方で何時間もかけて調整したイラスト、元々素養のある人の基準で作った画像は判別するのがかなり難しい。
技術は生まれてしまったら後戻りはできないわけです。
キュリー夫人の見つけた放射線は、やがて原爆に進化したわけですから、人間は痛い目に合わない限り(いや遭ったとしても)、その歩みをとめられない種なんだろう。
イラストお絵かき配信を見ていると、3Dモデル(特に難しい「手」)を出してはなぞって消して、みたいな使い方をしてる人がかなりいるので、否定しても仕方ない。
わたくしはそれだと自分が楽しくないんで使おうと思わないだけで、「できるだけすみやかに」プロになって金を稼がなきゃ、という人は当然使わない理由がないです。
ただもう需要より供給の方がはるかに多くて、ちょっと上手いくらいでは小遣い程度の稼ぎにしかならない今、中堅どころのイラストレータがやってるのは「心構えをレクチャー」「簡単なコツをレクチャー」で精神論と技術論の安売りになりかけてますし、そういう商売が得意なのはこの国の国民性とは違う気がします。
でもねえ。「できるだけ早くプロになって食っていけるようにならなきゃ」なんて考えてる人の描く絵って欲しいかなあ。わたくしなら頼まないです。
お金に関わりたくないって言ってるのは、お金いっぱいもらっても描きたくないものは描きたくないっていう、要はお前何様な考え方をしてるからで、もらう額は10円でも100万円でも同じですよ。対価が発生したらそれは10円でも払う方が偉いんです。それをはねのけるには関わらないことしかないとわたくしは考えています。

昔話が好きなのも、20年くらい経ってから話したいというのも、安全策というか保身ですよ。
20年という数字に意味はないんですが、まあさすがに時効でしょと思える個人的なラインがその辺だということです。
例えばひどくいじめられたりものすごくショックなことが起きて傷ついたら、それはもう一生時効なんてその人にとってはないんでしょうけど、
わたくしはいろんな人を見てて、それでも時効は自分の中で作りたいなあと思っている方です。怒りや憎しみは生きてくモチベーションにはなりますけど、あんまりいい方向には向かないので。
わたくしがあんまり好きでないのは、
「20年前の話ですが、こういうひどい人がいました」と言いつつ、最終的に「誰かの役に立てればと思って」この暴露ですね。
こういうバカがいた、こういう人死んで欲しい、そういう個人的な内緒話を聞いてるのは好きなんですけど、愚痴を義憤に転嫁するやり方は嫌いですねえ。「あなたのためを思って」というやつです。例えそれが本心であったとしても。

わたくしは今は質より量派ですね。今はね。
とりあえずやってみないとわからん、見てみないとわからん、聞いてみないとわからん、つきあってみないとわからんという話です。
何もしてなくても未来予知みたいなことができるなら、無駄な努力だし効率悪いですけど。
別にそこまで意固地にならんでも、適当に受け流してへえへえってやってけばそんなに苦しくこともないんですが、それだとね、本当に何をやってても全く面白くないので。

もう実際に研究結果出てますけど、ああやって強い連続刺激を脳に与えるとドーパミンの調整機能が壊れて常に脳が快楽に飢えた状態になるようで。
ショート動画って初めて見た時からこれは本当に時間を決めて子供にやらせないと頭が悪くなるとかじゃ済まないぞと思っていました。
大人は自分でなんとかコントロールするでしょうけど、子供はまずいだろうなあとは思います。

AIが出してきた改善案の一つに、インスタストーリーズみたいなリール?スワイプで次々にひたすら流れ読みできる仕組みね、あれはどうかと書かれてたんですが、そもそもインスタを知らん。
ショート動画みたいなやつってことかな。
わたくしはあの、次々と流れてくるショート動画を永遠に眺め続ける行動って、本気で脳が壊れる仕組みだと思っているので、あんまりやりたくないです。

トップページの改築もほぼ誰もクリックしなくてページが重い原因になってた大量のリンクを消した…ところでとまっちゃってます。
AIにまかせたら簡単に破壊してくれちゃうんで、やっぱりまだそこまでではないという印象。
やっぱり自分で作ると「全部読んでほしい!」って気持ちが強すぎて、あらゆるページにアクセスできるような作りにしちゃって、どれ見ればいいかわからなくはなるんですよね。だから本当はお金出して人に依頼するのが一番いいんです。
まあもうそのうちwebサイトなんかなくなるのかもしれません。

去年だいぶ心にこたえた話として、レトロゲーム秘密基地の話があります。
わたくしはレトロゲーム、とりわけゲームセンターが好きでしたんで、そういうクラファンがあると少額ですがまあ支援みたいなことをしてたわけです。
レトロゲーム秘密基地のクラファンもそんな一つで、色んなところで記事になってたのでがんばれーと思ってたんですけどね。
昔のゲームの基盤や筐体なんかも海外に流出するばかりで、明治期に海外でジャポニズムが流行って、芸術品がとめどなく流出した歴史を思い出してしまう。
現実としてあまりにも過酷で悲しい結末でしたんでおきもちも1年間書かなかったんですけど、やりきれない気持ちではおりますよ。

デジタルデトックス中でも読んでいただけておるのは大変嬉しい限りです。
わたくしも可能な限りニュースや情報から離れようとシャットダウンしてはいたのですが、まーやっぱりネガティブなものには吸い寄せられてしまいます。
人間はそういうのが好き、なんて一般論じゃなくて単にわたくしがネガティブなものを見てネガティブになるのが好きなだけなんだろうと思っております。